オープンイノベーションという概念が提唱された初期は他社のイノベーションを取り入れて(自前主義脱却)、事業スピードを上げるという意味であったが、近年はイノベーションを生み出す主体が大学やベンチャー企業になり、それを大企業が事業化するという意味になっている。
オープンイノベーションに具体的に取り組むための方法論に関し、「事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き」を作成した。
手引きでは、委員会での議論と調査結果をもとに、とくにぶつかりやすい壁を10件に絞り込んで記載をした。また、先行企業の取り組み事例についても紹介しており、たとえば、優れたベンチャー企業とアライアンスを組むためのインセンティブを設けているP&Gの事例が紹介されている。
連携のモチベーションとして、大企業側は「自社にない技術/知財/ノウハウの獲得/活用」を挙げ、ベンチャー企業側は「販売チャネル・取引先の獲得/活用」を挙げるというアンケート結果が示されており、これまでの仮説があらためて実証された形となった。
なぜ連携がうまくいかないのか、というテーマについて、ベンチャー企業側は「大企業側のビジョンやミッションに共感できなかった」と感じていて、大企業側は「ベンチャー側の保有技術力やビジネスモデルの優位性が弱かった」と感じており、この点はベンチャー企業側も認めていることもアンケートで判明した。
アベノミクスによる未来投資戦略2017において、「様々な知恵・情報・技術・人材を「つなげ」、イノベーションと社会課題の解決をもたらす仕組みを世界に先駆けて構築」と記載されていて、オープンイノベーションが政策の重要課題として意識されていることがわかる。手引きを利用して、ぜひともオープンイノベーションによる競争力向上を実現してほしい。
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 中西氏(以下、中西氏):
トリプル・ダブリュー・ジャパンは、排泄を予知するウェアラブルデバイスを開発した。超音波センサーを腹部に貼ると、情報をクラウドに送信し、スマートフォン上に排泄までのタイミングを表示する。今年から量産を行い、大手企業の介護施設などで利用してもらっている。NEDOの支援プログラムを活用して、事業会社5社と連携して事業拡大を図っている。
アクセンチュア株式会社 保科氏(以下、保科氏):
新しいサービスを考える際に、社会課題の解決は非常に大切なポイント。例えば日本では、高齢化社会は避けて通ることはできない。介護の現場に足を運ぶと、排泄ケアがいかに大変かということを感じた。そのような中、2年半前に中西氏に出会い、アイデアがすばらしいと思った。開発の段階から参加させてもらっており、スタートアップ支援を通じて一緒に成長できるモデルをつくりたい。
株式会社リヴァンプ 上田氏(以下、上田氏):
老老介護が身近にあり、自身が心配をしていた際に、雑誌で中高の同級生だった中西氏の名前を見つけ、ファミリーマートの澤田社長に会わせた。当社はセールスを担当することになった。開発の優先順位付け、エンジニアへの現場の声のフィードバックを行っている。
オープンイノベーションで気をつけることは何か。
我々の調査でも、ベンチャー企業と連携している企業としていない企業とで明確に成長の差がある。スタートアップとの連携に慎重な企業も多いが、デジタルの時代ではいち早く一歩を踏み出す必要がある。勇気ある一歩を踏み出すことに関しては、大企業はベンチャー企業にはかなわない。
それぞれの共通言語がないという課題認識を持っている。NEDOの枠組みで支援を行っているが、われわれは通訳の役割。噛み合わない時は、大企業側からの歩み寄りがあればうまくいく。
デロイトトーマツベンチャーサポート株式会社 森山氏(以下、森山氏):
トリプル・ダブリュー・ジャパンは複数の事業会社と連携している。提携に至る会社と至らない会社の違いは何か。
トリプル・ダブリュー・ジャパン株式会社 中西氏(以下、中西氏):
モーニングピッチで知名度が上がり、大企業2,300社と話をした。事業を加速することが重要なので、エンジニアの派遣、出資、商流など、リソースをすぐに提供してくれるところは助かる。同じ方向を向いてリソースを出してくれる企業はスムーズである
濱田様は以前、ベンチャーキャピタルに在席されていたため、ベンチャー企業の視点がある。連携する上でどこを工夫しているか。
株式会社クラレ 濱田氏(以下、濱田氏):
当社のような化学メーカーでは、まずは共同開発をして、提携したほうがよい場合は出資を行う。シリコンバレーで学んだが、「ベンチャー企業をすべて受け入れる」ということ。どのようにしたら成功するのかを議論し、コラボレーションのポイントを見つける。
支援者の立場として、連携のポイントは何か。
内田・鮫島法律事務所 鮫島氏(以下、鮫島氏):
当事務所は知財を専門とする法律事務所の中では最大級であるが、クライアントの8割が中小・ベンチャー企業である。大企業に対して交渉を行う際に、中小・ベンチャー企業から「何を奪い取るか」という考え方を露見させる交渉相手もある。たとえば事業部門とベンチャー企業が合意をしたタームシートを契約におとす段階で知財法務部門が反故にするような事例もあった。これではいつまでたってもディールが成立しない。自社のリスクをヘッジするという知財法務部門の本来的視点に加え、事業スピードを含めた競争力をどのように付与するかという観点にも配慮していただき、リスクとスピードとの最適バランスを実現するプラクティスに転換すべき時期が来ている。
大企業の中で事業部門にバトンパスする際につながらないという壁がある。
老舗企業はコア技術を大事にしている。そこにベンチャー企業の技術を補足的に、補完的に持ってくる形態になるが、自社の技術とのコンフリクトが生じ、あら探しをしてしまう懸念もある。進めていく中でオープンイノベーションはインベンション×インプリメンテーションであり、技術はあるが商業化のノウハウが不足していることに気づいた。そこで、ベンチャー企業との連携を技術獲得の機会というよりも、事業機会と捉えるようになった。これにより技術ではなく、ビジョンや事業機会を評価して判断ができるようになった。
複数のベンチャー企業と同時並行的に付き合っているということだが、どのようにして関係を構築しているのか。
7割は失敗するという前提で行う。一歩引いて、複数の企業を同時に動かしながら進めるようにすると情報と情報がつながる。
ベンチャー企業と提携しました、というリリースの企業が多いが、その後が重要である。長期的な関係構築を行うための工夫や要望はあるか。
最初はビジョンに共感してお付き合いをする。2,3年すると互いがWin-Winになるような時期がある。ベンチャー企業から、恩返しを10年待ってほしいと言われるかもしれないが、長期的な視点でみてもらいたい。ベンチャー企業と付き合うというのは10歳年下の恋人を持つようなものだ。
研究開発型ベンチャー企業には様々な課題があり、それに対応する支援策がある。まずは前にご登壇されたトリプル・ダブリュー・ジャパンも利用していた「シード期の研究開発型ベンチャー(STS)事業化支援」である。これは認定VCの出資が入れば、政府が事業費の3分の2を補助する支援策である。「企業間連携スタートアップ(SCA)支援」は共同研究開発等を研究開発型ベンチャー企業と事業会社が行えば、それに対して補助を行う支援策である。そのほかにも、「大学等発起業家支援(TCP)」、「スタートアップイノベーター(SUI)支援事業」がある。
また、連携の手引きの第2版を作成している。ベンチャー企業との連携を検討する際、どのように事業会社の中で話を通したらよいのかという問題があり、その対応策をまとめている。学んでいただけるものになるだろう。
さらに、研究開発に取り組む企業が法人税額を減額できる研究開発税制においてオープンイノベーション型として、企業同士で連携する場合には控除率が上がる仕組みがある。
ベンチャー企業の強い意思と高い理想、事業会社の理解が重要であると考えている。本日は意味のある議論が多かった。今後も出会いの場をつくっていきたい。
東京急行電鉄株式会社 加藤氏(以下、加藤氏):
東急アクセラレートプログラムを運営している。東急としては、人口減少問題が最も大きな課題である。消費人口が減るので、売上が減り、確実に影響を受ける。東急グループはBtoCの労働集約型のビジネスのコングロマリットで、人口減少に合わせて労働人口も減っていくため、外部から新しいテクノロジーを取り込んで労働生産性を向上させる必要がある。都市間の競争も起こっている中で、渋谷の再開発と歩調を合わせて、渋谷と世界が結びつくエコシステムをつくりたい。
KDDI株式会社 江幡氏(以下、江幡氏):
通信会社にとって大きな変化は2000年に携帯電話でデータ通信ができるようになり、インターネット機能が付いたことである。通信回線の品質向上に取り組んできていたが、通信回線の上でどのようなビジネスを展開するかはノウハウがなかったため、パートナーシップにより新しい事業に向かう必要があった。それを加速化したのがスマートフォンの登場である。2000年代の後半にアライアンスを強化し、ファンドにLPとして参画した。2011年に∞Laboを設立し、その半年後に自社のファンドを創設した。
富士通株式会社 徳永氏(以下、徳永氏):
自身はデータベースエンジニアであり、2000年からコーポレートスタッフ部門で社内ベンチャー制度、投資を担当し、2011年からビッグデータ事業開発部門で新規事業を担当してきた。2015年にベンチャー協創プログラムであるMetaArcベンチャープログラムを始めた。過去2年間で4回のバッチ、協業検討60社、業務提携20社の実績がある。検討する機能を決めて集中して行うことにより、協業まで持っていくというゴールを設定している。募集テーマの設定時から事業部門の幹部がコミットすることで成功確率が高まる。グリッド社とAI分野で協業し、当社のAIプラットフォームZinraiを強化した。
野村ホールディングス株式会社 八木氏(以下、八木氏):
昨年4月に金融イノベーション推進支援室を設立し、次世代ビジネスの発掘、オープンイノベーションの推進、エコシステムの発展サポートをミッションにしている。昨年始めてみて分かったのは、イノベーションが勝手に進むとは感じられなかったことである。まずは仕組みや文化の構築が重要であり、そのためにグループCEOが社員に向けて主体的に考える会社になることを訴えるメッセージを発信した。2点目は社内のビジネスコンテストを開催した。ピッチで終わりではなく、事業化に向けて継続的に取り組んでいるチームもある。3点目はアクセラレータプログラムであり、ベンチャー企業と大企業の協業を促進するものだ。専任のサポーターを配置し、事業化・スケール化を支援している。4点目は新会社を設立し、証券業の規制の外で新しいことに取り組む事業会社を設立した。
Forbes JAPAN 谷本氏(以下、谷本氏):
新しいことを推進することが非常に難しいといわれる大企業の中で、どのようにトップや社内の人たちを巻き込んでいるのか。大企業で新規事業を展開するにあたって秘訣はあるか。
当社の野本社長がイノベーターであるというのが大きい。日本の大企業はオペレーショナルでトップに歯向かうことは難しいが、トップが推進していれば逆にやりやすくなる。トップと部長と自身の3者のやりたい内容の方向性が一致していた。
経営陣は新しいことにチャレンジしようと言っている。2000年にネット証券が台頭してきた際に、既存事業とのカニバリゼーションを懸念して市場参入の意思決定に影響が出た経験がある。今回のフィンテックでは過去の反省を活かそうと言っている。
当社は合併を通じて出来てきた会社であり、2、30社が合併しており、ほとんどの会社がベンチャー企業である。そのため、新しいことに取り組むことに対するアレルギーはなかった。また、トップは危機感、リーダーシップを持っている。
トップのコミットは大事だが、コミットしてくれる時とコミットが少ない時があり、後者の時においても「トップがやらないから自分もやらない」というのでは社内から信頼されなくなる。イノベーションに対して自身がコミットし、冬の時代にも共感してくれる人を育てる。
大企業の中では異分子的な人材が少ないと言われている。その少数派のみなさんはどのようなモチベーションで取り組んでいるのか。
部署ができた時に社内公募を行った。この結果、尖った人材が集まり、自身は「動物園の園長」と呼ばれている。メンバーのモチベーションが高く、公募を行ったことは良かった。
通常の人事評価ではモチベーションに対してマイナスに働くのではないか。
大企業だと失敗したくないという気持ちはあるが、当社は「何もしないことが失敗である」という雰囲気はある。
成果指標については募集件数などを成果指標にするとノルマをこなすことが目的化してしまう。最後の業務提携、果実の刈り取りだけをKPIにする。
当社も業務提携の売上等の指標は設定していない。ベンチャー企業と提携しても、大企業とでは規模が異なる。経営層は短期的ではなく、提携したのであればどの程度成長しているのか、企業価値が上がっているのかを気にする。
成功は100件やってホームランは1件程度である。どの程度の付加価値を出したのかというKPIは重要である。
どのような観点でベンチャー企業をみているか。
アクセラレータプログラムでははじめから事業部を巻き込んだ。事業部がテーマを決める。プログラム中は現業の仕事をせず、ベンチャー企業と付きっ切りで新しい事業を模索する。
初期の頃は現場に引き渡す段階のPMIで苦しんだ。第二期以降、審査プロセスの段階から事業部に加わって頂き、エンゲージメントを高めた。デモデーで決定したらそのまま事業部と続ければよいという構造にしておく。
「ベンチャーファースト」という、ベンチャー企業は大企業に持っていないものをもっているという姿勢が重要である。搾取するという姿勢ではなく、我々に提供できるものを引き出し、使ってくださいという姿勢で臨む。
大企業ではベンチャー企業との連携の入り口で「打ち合わせ」という名の「尋問」が行われることがあるが、尋問する前にまず自分の価値を表明しなければならない。
どのようにしたら皆さんのような方を増やせるのか。
社内のイノベーターを見つけることである。ビジネスコンテストを行うと意外にイノベーターが社内にいる。そのような人材はベンチャー企業と引き合わせる等、社内のイノベーターに情報が集まるようにする。
人材流動性が鍵を握る。大企業では上司の言うことを聞いていくと安全ではあるが、外部からみて見える人材は価値がある。価値があるにもかかわらず冬の時代が来てしまったような人材を探す。
アクセラレーターを始めた2010年の頃、自身は社内で浮いていた。その後、中途採用、企業の買収により人材を確保していった。当社からもベンチャー企業に人材を送り込んでいる。送り込んだ人材が学んでくる。一方でベンチャー企業側の人材に当社に来てもらって、大きなキャッシュがある場合の新規事業を学ぶのがよい。
イノベーターを増やすボトルネックとなるのが人事である。採用、教育、評価、ローテーションの4つの観点で人事制度を見直す必要がある。失敗しようとして失敗する人はいないし、減点主義だと誰もチャレンジなんてしなくなる。今日も会場の参加者には人事部の方はいないが、変えないといけない。
グローバルの視点についてはどのように考えているか。
アクセラレータープログラムの応募企業のうち北米の企業が2割程度ある。しかし事業部がベンチャー企業を選ぶとコミュニケーションスタイルが原因で日本のベンチャー企業が中心になる傾向もある。海外のベンチャー企業からみると、「日本側がやる気ないのでは」と思われたりするため、現地でコミュニケーションを図るスタッフを配置する。
米国のベンチャー企業は正直なところ日本市場をみていない。韓国のベンチャー企業はアジアに展開しようとすると中国や日本は進出しやすいと考えている。アジアとの相性が良いと思う。
グローバル化は必須条件である。渋谷に日本人ばかりいるというのでは足りない。外国人にビザを発行してもらい、ビジネスをしてもらいたい。多様性と生存戦略は結びついている。まったく異なるライフスタイルの人材と議論する中でイノベーションが生まれる。
日本からユニコーン企業を作るためにはどうしたらよいのか。
日本ではBtoBベンチャーが増えると良い。評価が難しいが、欧米をみると成長しているベンチャーのかなりの割合がBtoBであり、自身もそれに貢献していきたい。
中長期目標であるが、アクセラレータープログラムがなくなればよいと思う。事業部があるテーマでベンチャーと連携したい時に勝手に見つけてきて勝手にPOCをする。それがあらゆる部署で起こる会社にするため、社内にイノベーターを増やす。
さきほど人事が課題と言ったが、ある日、当社の人事部長から全社員にメールが届いた。そこには「東急は加点主義である」というメッセージがあった。このようなアクションがあると伸びる可能性がある。ベンチャー企業の成長支援と子育ては似ている。子どもは熱を出すし、奇想天外だ。大人の価値観では分からないが、そこをマネジメントしていく。大企業の中でエリートと呼ばれる人材がいるのであれば、あえてトップラインから外して新規事業を担当させて、能力を試してみるべきだ。
パネルディスカッションのグラフィックレコーディング結果