シリコンバレーの著名エンジェル投資家が語る コロナ禍におけるエンジェル投資

グローバルスタートアップの作り方

サンフランシスコ在住のEtienne Deffarages氏は、ご自身で起業しナスダックにIPOしたご経験やエンジェル投資にて数々のエグジット実績を持つ著名エンジェル投資家です。素晴らしい人格者でもあり、私のメンターでもあるEtienne氏に、コロナ渦におけるエンジェル投資についてインタビューをさせて頂きました。この記事が、読者の皆様が現在の逆境を乗り越える手助けとなることを祈っています。

Etienne Deffarges氏 のプロフィール
ハーバードビジネススクールアルムナイエンジェルズ Northern Califonia会長、グローバルボードメンバー

エンジェル投資家とは?

エンジェル投資家は、毎年数千社のスタートアップ企業にシードやアーリーステージの資金を提供しています。米国でのエンジェル投資は2018年と同様に2019年も約50億ドルと推定されており、そのほとんどがシリコンバレーからのものですが、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、南カリフォルニアなどの地域でも行われています。

はじめに、歴史的に見ても、何度も何度も繰り返されている典型的な起業の仕方についてお話ししましょう。まず起業家は、ある程度の個人資金と家族や友人からの金銭的援助によって会社を立ち上げます。次に、概念実証(Proof of Concept)など、技術やビジネスモデルの妥当性を示す初期段階になると、エンジェル投資家からの資金調達を開始します(シードラウンド)。その後、ベンチャーキャピタル(VC)が出資するA、B、C、Dなどのラウンドがあり、うまくいけば、エグジット、買収、IPOが行われます。

エンジェルが関与するシードラウンドは、30万ドル~300万ドル(約3000万円~約3億円)の間で資金調達を行う場合が多く(通常、約50万ドル<約5000万円>規模)、その後、 300万ドル~1200万ドル(約3億円~約12億円)の企業価値評価となるのが一般的です。

エンジェル投資家一人ひとりの典型的な投資額は25,000ドル(約260万円)で、シリコンバレーでさえ小さいものです。そのため、100万ドル(約1億円)を超える金額に到達するには、多くの場合、様々なエンジェル協会での「シンジケーション(複数のエンジェル投資家が、共同でスタートアップに投資すること)」が必要となります。シリコンバレーのエンジェル投資協会(シリコンバレーのエンジェル投資家は、ハーバード・ビジネス・スクールの同窓生によるエンジェル協会 Harvard Business School Alumni AngelsやBand of Angels などに所属しています。)は、よくシンジケート投資を行います。エンジェル投資家は、利益を追求する一方で、起業家精神への「情熱」に駆られていて、互いに非常に協力的な面があります。

とにかく、私達はスタートアップを支援することが好きなのです。エンジェル投資家は、科学的なバックグラウンドを持ち、起業家として成功した経験を持つ、経験豊富なビジネスパーソンである場合が多く、それは起業家にとってもプラスに働くと思います。

コロナ渦におけるエンジェル投資

ーGreat lunch meeting in the French restaurant in San Francisco 

それでは、新型コロナウイルス感染症がエンジェル投資にどのような影響を与えているのかを見ていきましょう。

新型コロナウイルスの大流行がエンジェル投資に与えた影響

驚くことではありませんが、新型コロナウイルス感染症による経済と健康の不確実性がある中で、シード投資のペースは2020年には大幅に鈍化しており、1~3月を見てみると、案件数は2019年の同時期と比較して40~50%も激減しています。

エンジェル投資に関すると、知識が豊富で、なおかつ狭い範囲の業界に焦点を当てているため、比較的大きな小切手を書く自信があるようで、昨年と比較して約30~40%減少となりました。

ただし、ヘルスケアなど、パンデミック時にエンジェル投資家からポジティブに見られていた業界のバリュエーションは、過去と比較しても高水準を維持しており、「コロナウイルス割引 (coronavirus discounts : コロナ渦でも投資をし易くする為にバリュエーションを通常時より低くする)」もほとんどありません。

なぜ投資案件が減少したのか

エンジェル投資家は、ポートフォリオ (投資先の企業リスト)内に通常20~50社のアーリーステージのスタートアップを保有しています。2020年3月に新型コロナウイルスのパンデミックが発生し、米国の多くの地域でロックダウンが発生した時、ほとんどのエンジェル投資家は財務や運営の専門知識を駆使し、ポートフォリオ企業がこの経済危機を乗り切るために時間を費やしました。

そのため、新規案件の追求に費やす時間がなく、新規のエンジェル投資活動が鈍化したのです。恐らく、ほとんどのエンジェル投資家にとって、少なくとも半数の投資先企業が今回のパンデミックの影響を受け、何らかの改善策を必要としていたのではないでしょうか。

コロナの後にある希望の兆し:楽観主義

一方で、パンデミックとそれに伴う労働習慣と消費習慣の変化は、ラストマイルデリバリー、フィンテック、在宅医療サービス、テレヘルスなどへの注目を集め、希望の兆しが見えてきました。

また、エンジェルの活動が鈍化しているにもかかわらず、今後のスタートアップ企業のためのシードラウンドの資金調達には楽観的な見方があります。

これを理解するためには、ベンチャーキャピタルの全体像を見る必要があります。ベンチャー・キャピタル業界と起業家の中で、非常に好調を維持しているのは、100Mドル以上(105億円以上)の超大型案件です。

最近のPalantirやAsanaのような数十億ドル規模のIPO(いずれも直接上場)や、Amwell、JFrog、Snowflake、Sumo Logic、Unity Softwareのようなテクノロジー企業のIPOは、歴史的に見ても豊富で、今年の総額は50Bドル(約5兆2800億円)をはるかに超えています。

これは、シリコンバレーに多くの流動性(liquidity)があることを意味します。そして、その流動性の一部が多くのスタートアップ企業に投資されることで、2021年と2022年にはシードラウンドの活動が活発になり、IPOが多い2021年と2022年には、若いスタートアップのための「資金調達パイプライン」全体が良好な状態を維持することになるだろうと考えられます。

“COVID Growth”分野の誕生

在宅での仕事を可能にし、商品、サービス、ヘルスケアを人々の家庭に届けることに焦点を当てたことで、「“COVID Growth”(コビット成長)」という分野が生まれ、この分野ではシード資金から大規模な案件まで、起業家の資金調達が飛躍的に加速しました。

パンデミックによって私たちに押し付けられた変化は、私たちの仕事の習慣を一変させました。確かに、自宅からオンライン会議に次から次へと参加するのは退屈なこともありますが、役員としての生産性は飛躍的に向上しています。

私はサンフランシスコに住んでいますが、ボストンとニューヨークにあるいくつかの医療委員会の委員をしており、それぞれ年に4回の会議を行っています。私にとって、6時間の役員会の後に夕食をとるというのは、6時間の大陸横断便、空港への長距離移動、3時間の時差を考えると、ほぼ3日間のコミットメントを意味します。それが今では、2泊3日の旅行ではなく、自宅のオフィスで6時間過ごすだけでよく、通勤時間は秒単位になります。以前、役員会議が行われたヨーロッパを基準にすれば、この時間の節約効果はさらに大きくなります。

また、私たちの消費習慣は今、オンライン販売やラストマイルデリバリーに新たな焦点が当てられ、断固としてオンライン志向になっています。

このような新しい働き方や消費習慣を促進する産業分野で事業を展開する企業には、多くのチャンスが生まれています。

大注目は消費者向けのヘルスケアとウェルネス

中でも、消費者向けヘルスケアとウェルネスは、2018-2019年と比較して、このパンデミックの間にエンジェルの活動が大幅に増加しています。在宅ケア、オンライン処方箋、保険、ヘルスケア管理を容易にする企業は、すべて、シードからはるかに大きな後のラウンドに至るまで、投資が急増しています。

例えば、健康保険プロバイダーのオスカー(Oscar)は、従来の健康保険会社ではなく、ヘルスケアプロバイダーから直接健康保険を購入するという米国の患者の間でのトレンドの恩恵を受けて、1.5B ドル(約1580億円以上)の資金調達を行いました。

ウェルネスもまた、パンデミック前から成長産業であり、栄養、フィットネス(Fitbitなど)、自宅でのエクササイズ(Pelotonなど)の分野で多くのスタートアップが成功を収めていました。現在も、家庭内で健康的なライフスタイルを維持しようと努力している人々の姿が見られ、ポジティブなブームとなっています。

変革的な成長を遂げるテレヘルス

米国には、3trillionドル (約320兆円)を超えるヘルスケア市場があります。その中でも特に、テレヘルスは変革的な成長を遂げています。

米国政府は、メディケア・メディケイド・サービスセンター(Medicare and Medicaid Services:CMS)を通じて、遠隔医療に対する新たな償還率を設定し、この成長を促進していますが、民間の医療保険会社もこれに追随しています。

コロナウイルスの大流行により、Arista MD、BrightMD、Cyber MDX、Datos Health、RelayOne、Silver Cloud Health、Sonder Mind、Transparent Health Market Place、Tyto Care、98point6 などの企業で、遠隔医療スタートアップへのエンジェルやVCの投資が続々と行われています。

より確立されたテレヘルス企業には、最近 IPO を行った Amwell、Dispatch Health、Heal、Ro、ThriveEarlierDetection などがあり、これらの企業はいずれもシードラウンド以降、数億ドルの資金調達を行っています。

世界が求めるワクチン

新型コロナウイルス感染症に対するワクチンの世界的な必死の探求は、臨床試験にもスポットライトを当てています。スタートアップから世界的な製薬大手まで、無数の企業がこの熱気あふれる空間で活動しています。

アーリーステージのスタートアップは、臨床試験の期間を短縮しつつ効果を向上させるという主張をすることで、エンジェル投資家および戦略的パートナーである大企業から必要なシード資金を調達することが容易になっています。さらに、この急成長分野で地位を確立したいと考えているアーリーステージのVCからも資金を得ています。(初期段階では、プレシード案件の評価額は3Mドル~10Mドル<約3億1500万円~約10億5000万円>と低額です。)

エンジェル達にとって、これは「象狩り」のようなもので、失敗のリスクは非常に高いが、大きな報酬を得る可能性もあります。この分野のアーリーステージ企業の例としては、Clara Health、Deep Link Medical、Deep6 AI、Inato、Ripple Science、そして最近、より大きなTrial Scopeに買収されたClinical Trial Connectなどが挙げられます。これらの企業はすべて、シードキャピタルとアーリーステージラウンドで少なくとも5Mドル(約5億2800万円)を調達しています。

戦略的パートナーの役割

ーHis talk about the entrepreneurship & innovation at Blackbox (Acceleration Program in San Francisco) 

起業家は自分のお金で起業し、エンジェル投資家から資金調達し、アクセラレーターから支援を受けてきました。

エンジェル投資は、シリーズAに行く前に行われ、成長を後押しします。ここで強調しておきたいのは、エンジェル投資家は支援するアーリーステージのスタートアップを戦略的パートナー企業(スタートアップの成功が自社の運営に不可欠なものと見なしている資本力のある企業)グループと繋ぐこともできるということです。

戦略的パートナーは、ベンチャーキャピタルよりも低コストで複数のラウンドを通じて資金を提供することができ、また、深いセクターの専門知識や、スタートアップが生産する商品やサービスのための既製の市場を提供することができます。

これからのエンジェル投資はグローバル化が鍵

エンジェル投資家は歴史的に地元企業に焦点を当ててきました。サンフランシスコのベイエリアに住んでいるなら、「なぜシリコンバレー以外に行くのか?」と。コーヒーやランチを飲みながら問題を話し合い、近くに住むすべての人が積極的なネットワーキングのメリットを享受してきました。

しかし、今回のパンデミックのように、エンジェル投資家が利用できる案件数が減少し、個々のエンジェルクラブのメンバーの投資意欲が低下した場合、特定の都市や地域以外に手を伸ばして成長を高めることは理にかなっています。例えば、ハーバード・ビジネス・スクールのアルムナイエンジェル投資協会は現在、5大陸にまたがる8カ国に15のチャプターを持っています。

また、農業、バイオテック、フィンテック、メディア、サイバーセキュリティなど、他にも多くの起業家の拠点が誕生したことで、シリコンバレーだけが起業家精神に優れ、エンジェル投資をしているとはわけではなくなりました。

シリコンバレーは今でもエンジェル投資の最大エリアですが、シカゴ、ボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス、そしてアメリカ以外にもイスラエル、インド、ブラジルなど様々な国でスタートアップ・エコシステムが新たに生まれています。

これからは、同じ志を持つシードラウンド投資家のグローバルなネットワークを構築し、人脈や経験、アーリーステージの機会を共有できるようにしていくことに意味があると思います。

※今回のインタビューの原文(英語)は、シリコンバレーベンチャーズのブログ
(https://siliconvalleyventures.site/archives/6039)にてご覧ください。

皆様、ご多忙の中、私のコラムをご覧頂き、愛りがとうございました(愛+ありがとう)。

 Etienne Deffarges氏 のプロフィール

ハーバードビジネススクールアルムナイエンジェルズ Northern Califonia会長、グローバルボードメンバー

ヘルスケア・デリバリー・プロバイダーに特化したプライベート・エクイティ企業であるChicago Pacific Foundersの共同創立者兼オペレーティング・パートナー

IPO経験を持つシリアルアントレプレナー

ヘルスケアラボラトリーのエクセレンス企業 Accumenに参加

Alain Ducasse Enterprises、Atrio Health、Sight MD、Harvard Business School Alumni Angelsの役員

AEyeの役員アドバイザー

ハーバードT.H.チャン公衆衛生大学院のエグゼクティブ・カウンシル メンバー

著書「Untangling the USA: The Cost of Complexity and What Can Be Done About It」(Routledge, Taylor & Francis)

Booz Allen Hamiltonのシニアパートナー兼グローバルプラクティスリーダー(エネルギー、化学品、医薬品)を務めた。

アクセンチュア時代は初のマーケットメーカーとして、数十億ドルの取引を成功させた。2001年のニューヨーク証券取引所へのIPO(時価総額140億ドル)に参加。ユーティリティ部門のグローバル・マネージング・パートナー、執行委員会およびグローバル・マネジメント・カウンシルのメンバーを務めた。

スイスのダボスで開催された世界経済フォーラムのヘルスケアパートナーとしてヘルスケアIT企業 R1 RCMを設立。2004年から2014年までEVPおよび副会長を務め 、2010年5月に同社を1.2B(12億ドル)の評価額で株式公開。

ベーカー奨学生として卒業したハーバード・ビジネス・スクールでMBAを、UCバークレーで土木工学のMSを、ISAE/Sup’Aeroで航空工学のBS/MSを取得。

こちらから、本の詳細がご覧いただけます。

https://www.etiennedeffarges.com/book/?fbclid=IwAR1048zP4DFSajgm8WRkBfsujnEWQQTuzxYfmVXhWOd6B19mTIVq7rkwgPQ

著者
John Kojiro Moriwaka(森若 幸次郎)

世界と日本を繋ぐイノベーションプロバイダー、ゼブラ企業経営者、Nextユニコーン支援者、講演家、英語司会者、コラムニスト

株式会社シリコンバレーベンチャーズ 代表取締役社長兼CEO
株式会社モリワカ 専務取締役兼CIO
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授
Startup GRIND Fukuoka ディレクター
Startupbootcamp Scale Osaka メンター
など多数

19歳から7年半単身オーストラリア在住後、ハーバードビジネススクールにてリーダーシップとイノベーションを学ぶ。約6年間シリコンバレーと日本を行き来するだけではなく、近年はイスラエル、インド、フランスなど世界中のスタートアップエコシステム10カ国以上を訪れ、英語での高い交渉力を活かし、グローバルスタートアップや大企業支援を行う。「日本各地でのスタートアップエコシステムの構築方法」や「どのように海外スタートアップと協業しオープンイノベーションを起こすか」を講演やコラム等を通じて発信。国内外アクセラレーター支援、ピッチ指導(英語・日本語)も行う。

著書「ハーバードのエリートは、なぜプレッシャーに強いのか?」

趣味:ラップ(Gifted名義で「Down Wiz Us(feat. Dirty R.A.Y.)」をリリースし、全国ダウンロード第一位)、絵画、詩、社交ダンス、将棋、家族との時間

John Kojiro Moriwaka(森若 幸次郎)をフォローする
グローバルスタートアップの作り方
シェアする
Innovation Leaders Summit
タイトルとURLをコピーしました